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蝉時雨

ニラカイナリィリヒJ



膝を抱えて、というより
土下座みたいなかっこうをして、泣いた。
もう、多分、こんなふうに泣くことはないって思うくらい
声をはりあげて頭を腕にこじつけて、泣いた。


もう声とかいらない。
体中の水分全部くれてやるよ
だから、たのむから
願いをひとつ、叶えてくれよ。




ニラカイナリィリヒ




ああ、ああ、ああ、ああ、
いやだ、いやだ、だめは、いやだ!
もうほんとうにたのむからきいてくれお願い。
たのむから嘘かほんとかいって嘘っていってお願い。
ずっと朝まで泣いてたら夢おちとかしてくれる
ああ、ああ、ああ、ああ、
もう、ほんとうに、いやだ、狂いたい!


あきらめがついたとか
なっとくしてるとか
悔いはない、とか


うそつけよ!
おまえはだれだ!
うそつけよ!


(だれか気づけよ)
(憐れまないで)
(ただいっしょに泣いてくれ)
(たのむから)
(かわいそうって、思うなよ)





今日も
日が昇ったあたたかい部室で
ひとり、泣いた。





ああ
(でも、)

ははっ
(おれ、みじめ)



こうずっと涙にくれていたら
力の無い子羊を見るにみかねて
救いの手でも差し伸べてくれるのだろうか

(信じてねえよ)
神さまなんか。





同情ってどういう気持ちだろう
おれ知っている気でいた。
おれと同じ気持ちなんてわかるわけない
自分にだって、わからないのに。

(信じられねえよ)
もう、自分まで。








































































「準さん」
「…っ」
「準さん」
「……見てたのか」
「少し、声、してた」


部室の入り口に、利央は居辛そうに突っ立っていた。
もう1週間は顔を合わせていなかったそいつは
初夏同様に土埃と汗にまみれていて、
まるでおれとは違う成り立ちをしていた。



(なんも変わってないみてえ)
(なんか)
(おれと時流が違うみたい)




あんた部活さぼってたのに
部室には来てたんだねェ
本当に、野球バカなんだねェ




利央は、感情の分からない声でつぶやいた。
こいつがわかりやすいヤツだって、知ってるのに
なんで分かんねえんだろう。

ああそうか
俺の耳が聞くことを拒否してんだ。
そりゃわかんねえよ




(なにしにきたんだ)
(いやそんなことより)
(今の、みてたのかよ)


血の気が引く音がした。


(おれこれでも先輩で、エースで)
(なのにこんなの)
(おれだってみじめだと思うのに)


こいつの顔、みれねえよ。
おれのこと知られたくなかった
同じくらい、おまえのことも知りたくない。








そういう人の心情をよそに
利央は言葉をつむいだ。


「ねえ準さん」
「…」
「ねえ、よく、聞いてよ」




だから聞きたくねえ。
おれはあれ以来着歴もメールもみていない
こわくてこわくてたまんねえんだよ





一瞬、体がばかみたいに硬直したけど
耳はやけにクリアに、利央の言葉を追おうとしていた。






















「あんたがんばってた」
「……っ」









「おれも先輩も、わかってる」



わかってるのは、知ってるよ。
おれを責めるだけ責める薄情な先輩や部員なんて、いねえよ。
そんな先輩やみんなとの野球の舞台を失った自分が
情けなさすぎて、もういっそ、みんなの記憶からいなくなりたくて




「負けたじゃねえか」



(おれは今ひどいことしてる)
(利央に)
(とどめの一発を求めてる)



「打たれたのも調子整えとかなかったのも、全部おれだ」



みんなの気持ちとかおれの努力とか
そういうの抜きで負けを全部おれのものにできるなら
自分の無力さに絶望して、ここにいる無意味さも理解して
野球やめれるかもしんねえ。



利央はおれの左手をぐっと引きあげる。
右手ではなかったことを無意識に安堵する自分に吐き気を覚えながら
長く骨ばったあたたかい利央の手にリアルを感じた。





「勘違いしないでよォ」


「自分のせいで全部総崩れしました、って納得したいんでしょ」


「あんたここにくる度胸はあるのになんでそうなの」


「おれやさしくないから、そんなの許さない」


「あんたひとりの責任だなんて、絶対認めてやんない」


「今のあんたがどんだけ痛い思いしようが]


「あとにおれも、あんたも、みんなも、誰か一人でも後悔するくらいなら」


「根こそぎ逃げ道を潰してやる」














「おれ、」














「準さんのこと尊敬してんだよ」


























(なにいってんだこいつ)



おれもう自分も信じらんねえほど崩れてんのに
なんでそんなもんおまえ尊敬してんだよ



「顔あげてよ」
「…、…」
「もう、準、さん!」



恐ろしい想像をしていたんだ。
おまえの顔がみじめなかわいそうなものをみるような
そんな風に歪んでんじゃないかって


写真みたいに脳に直接飛び込んできたおまえの映像は
もうおれのキャパをオーバーするくらい
美しく真摯でまっすぐだった。















(なんて残酷なやつ)
(なんて、やさしいやつ)


おれさっきまで得体のしれないなにかがこわくって死にそうだった。
だけど世界が温度と色を取り戻した、気がする。
それっていうのはつまり


(おれがこわかったの)
(だれにも必要とされないこと?)



利央が根こそぎ逃げ道を潰してくれるなら
おれが許可しようがしまいが関係なく力づくで腕を引っ張るなら
なによりおれが野球止めることでおまえ一人でも後悔をするというのなら





(おまえのために)
(ついていってやってもいいのかな)
(自分を信じられない今だけは)
































おれが座り込んでいた床の隣を空けてやると
利央の目がパシッと、音をたてて見開かれた
次いで、身長の割には薄めの肩が
大きく上下にゆれうごいた。



利央は、うれし涙とも、なんともとれない涙を
甘く溶けだした瞳から大粒こぼれさせた。
さっきのおれのそれとは違う
こんな涙の流し方、おれ、知らなかった。


(だけど)


なんだかおれまでこみあげてきて
けっきょく、それからまたふたりして
全身から声をだして泣き崩れた。
日が落ちるのが早くなって、夕日が窓から溢れだして
ひぐらしが鳴き始めるころ、空はだいだいと赤に支配されていた。






(夏が終わる)
(そうか)

(秋が来るのか)




おれたちとは別次元に存在する世界から
部員たちの声が力強く響きわたって
高くなりつつある空にのぼっていった。



















































現実は、なにひとつ変わらないけど
地球は今日も黙りこくって回り続けるけど
どこを中心にしているかも、わからないままだけど


(だけど)









「利央」
「…」
「んだ、寝てんのか」




(おまえさ)
(ひとつだけ)
(おれの願い、叶えてくれたよ)
































































ありがとう。




























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